第五錠 《謀 略》

The fifth lock “machinations”

 

デュクレオンが城に戻ってきた頃、事態は動いていた。
捕らえられた貴族から、関係があると目される貴族の名が上がったというのだ。
デュクレオンは急いでカルシオンの元へと向かう。

重い扉をいくつか抜けて、彼の部屋の扉を開けた。
「シオン!」
部屋の中にはカルシオンとナターシャ、そしてひょろりと背の高い男がいた。
「デュクレオン様、お勤めご苦労様でした」
ゆっくりと頭を下げるその男は、右の大臣ホラーツ・エルマンという、右院の長だ。
右院とは立法や外交を司る王政機関である。

「エルマン公が今回の件で報告に来てくれたよ」
「何か─動いたって」
デュクレオンが歩み寄る。
「捕まえた貴族から、疑わしい人物についての言及があったとの報告がありました」
「頭をあげてくれエルマン公」いや、叔父さん。
デュクレオンがそう言うと、エルマン下げた頭をゆっくりと上げ、厳しい顔を緩めた。
エルマンは父と母の従兄弟(兄弟にとっては従叔父)に当たるが、叔父叔母のいない兄弟にとって叔父のような存在だった。

「それで、言及があった人物とは誰ですか?」
カルシオンが視線を落としながら静かに言った。エルマンはカルシオンの側にいるナターシャに目をやる。
彼女はその意味を察し、「また後ほど参ります」とその場を離れ部屋を出ていった。
一瞬しんと静まり返る室内。エルマンはナターシャが去った扉から視線を戻し、ゆっくりと口を開く。

「レオン、ヴィクトール・オルブリヒという者を知っているかね?」
エルマンの口調が身内のそれに変わる。レオンは自分の記憶中にその名前を探した。
「軍の師団長にオルブリヒっていうおっさんが居た気がするけど、まさか左院側が…」
言いかけて口を噤む。エルマンはかまわんよ、と苦笑いをした。

左院は軍事を司る王政機関である。
その長である大臣は根っからの現王の支持者であり元より親王派。
長い間王家に寄り添いその力を注いで来た家柄の出だ。
失敗だと言われている先の女王の時代でさえ、その忠義たるは疑うところはなかった。

大臣自体の人柄からも想像がつかないし、王に心から忠誠を誓い、剣を捧げた騎士である彼に心酔している武官は数も多い。
そんな左院側が王家に謀略仕掛けるなど、デュクレオンにはとても考えにくかった。

「現状、まだ名前が出ただけに過ぎん。だが交友関係を調べさせてみたんだが」
どうもここ数ヶ月、頻繁にやり取りをしているようだと。
「オルブリヒ自身は何て?」
エルマンは首を横に振る。そうか。そう言ってデュクレオンは宙を仰いだ。
カルシオンはただ静かに黙って話を聞いている。
「知らないと。ただ、事はオルブリヒで終わりとは思えん。この先どこに繋がっているのか」
デュクレオンはカルシオンの方を見た。しかし彼はただエルマンの顔をじっと見ている。
見つめながら何かを考えているようだった。

エルマンはカルシオンの肩優しく触れた。
「シオン、安心してくれ。誰に繋がっていようとも、私は必ず今回の犯人を探し出し処罰する」
お前たちに昔のような思いはさせぬ。言い聞かせるように、彼の肩を抱きながらエルマンは言った。
そしてデュクレオンを振り返り、彼の手を握る。
「今まで私も世間に流され、お前達がどんなに辛かろうと手を差し伸べる事もしなかった。これからは違うぞ」
そう言って力強い眼差しで二人を見た。

 

エルマンは進展があったらまた来るよと部屋を後にした。
両足を投げ出して側のベッドに腰掛けるデュクレオン。ゴロンと両手を広げ天井を仰ぐ。
カルシオンはゆっくりと歩み寄りテラス側の窓を開けた。ひゅう、と風が優しく彼の髪を撫ぜて部屋の中に舞い込んだ。
お互い何も言葉にせず、目も合わせず、ただ静かに考えていた。
デュクレオンは正直、左側で起こったということがまだ信じられないでいる。右側の叔父には申し訳ないが。

仰向けのまま天井から窓際のカルシオンに視線を落とす。
その視線を感じたのか、カルシオンが振り向き、歩み寄ってくる。
デュクレオンは広げた両手を宙へ伸ばす。それに応えるように、カルシオンが顔を覗き込むように屈んだ。
伸ばした両手がカルシオンの頬へと触れる。

「シオッ…」
その瞬間、電流のようなものが体を駆け抜けた。呼吸が止まる。
思わず跳ねた手がカルシオンのメガネを弾き飛ばす。
脳裏に点滅するように浮かび上がる映像。意識の向こう側に引きずり込まれる。
それは途切れとぎれではっきりは見えないけど…。
血だ、滴り落ちる大量の血、うごめく大きな黒い影、そして…デュクレオンは目を見開く。

入れ替わる映像の中で、血まみれでぐったりと倒れ込んだ、── の姿。

「あ…あっ…」
うわあああああ!!デュクレオンが叫ぶ。
途端、彼の周りから強い波動が放たれ、風が体を包み込むように渦を巻いた。
カルシオンは覆いかぶさるように、跳ね上がるデュクレオンの上半身を押さえた。
巻き起こった風が勢いを持って広がり、まるで生き物の様にうねり部屋中の物をなぎ倒していく。
そして大きな音を立ててテラス側の窓を突き破った。

「沈まれよ、我が眷属」
凛とした艷やかな声が響く。暴れていた風が凍りついたかのように止まった。

風に弄ばれていたもの達が、音を立てて床に転がり落ちていく。
デュクレオンは目を見開いたまま、のけぞって両手で宙を掻いた。
レオン、とカルシオンがその手に触れ、しっかりと握る。

「我が相棒殿は、まだ己の力を持て余しているらしい」
深紫の美しく長い髪が、はらりとその美しい顔に落ちたのを耳にかけなら、潤んだ紅い唇が動く。
「久しいなレオン!」
長身のその女は二人を見てニッコリと笑う。
「神子(みこ)様、お待ちください!」
追いかけて来たナターシャが女に駆け寄る。
「なあ娘よ」
「はい!」
神子は二人を指差す。
「レオンはどっちだ?」
ナターシャの顔が豆鉄砲を食らったような顔になる。
ん?と神子はナターシャと双子を交互に見た。
カルシオンがそっと自分の下敷きになっているデュクレオンを指差す。