第三錠 《鍵 守》

The third lock “key guardian”

 

いつかこの国を出なければいけない。
いや、いつかじゃない。もうすぐかもしれない。

デュクレオンは鍵守として選ばれた。それは国としてもとても重要なことだった。
クリスタロスはその始祖の時代より、鍵守を輩出するためにその血筋を地上に残す事を存在原理として説いてきた。
世界が二つに分かれた後、こちらの世界に最初に誕生した人間が、クリスタロス人の始祖だという。
神は、最初の人間に世界を守るための『力』を託し、その力をクリスタルクロウと呼んだ。

まず、この世界の成り立ちから軽く説明しなくてはいけないのかもしれない。
かつて一つであった世界は、神の手で二つに分けられたのだ。
一つは神の子が支配する世界、もう一つは人間や動物達が共存する世界。
この二つの世界には境界があって、ひとつの扉で守られていた。
この扉は堅く閉ざされいるが、たった一つだけこの扉を自由にできる存在がある。
それが『鍵』と呼ばれる存在だ。

世界を守ること、それは鍵を守ること。世界を守るということをこの鍵が集約している。
そういう“しくみ”が世界の始まりから存在している。
鍵はその存在を自分で制御できない、封印はそこに存在し続けていることが役目のように、
鍵もまた存在することが役目であった。

だから鍵には二つの力が与えられた。
『存在を望み、それを実行するための力』と『消滅を望み、それを実行するための力』
この存在を『鍵守』と呼び、鍵を守る力としたのだ。
そしてその片方を、人間が担う。

「まさか、鍵が人だったなんて思わなかったよね」
カルシオンがつぶやく。
「だよなぁ」
デュクレオンはカルシオンの広いベッドに滑り込む。
寄れよ、と自分のベッドから持ってきたクッションをカルシオンの顔に投げつけた。
なにすんだよ、カルシオンはクッションを投げ返す。
「オレ、ずっとなんかこう…宝物的な?ものだと思ってた」
「継承の儀までは、何にも知らなかったよね僕たち」
二人頭を並べて、天蓋を見上げた。

「使徒ってどんな人たちなんだろう」
「鍵守とは別に鍵を守ってる連中だろ?」
「それはそうだけど。ほら、彼らは僕たちと違ってメトシェラだし」

『使徒』と呼ばれる境界を見張り扉を守る一族がある。鍵守と共に、鍵を守る一族だ。
一つの王家と、多くの優秀な人間で構成されているとされている。
人間といっても、使徒は正確には人間のそれとは少し違う存在であった。
はるかに長い寿命を与えられ、一人ひとり最適な年齢で体の加齢が止まる。
まるで元より想定された敵と戦うために用意されたような、生き物としてベストな状態を維持されている人間。
そういう人間をメトシェラ(長寿者)と呼んだ。

「レオンもそうなるんだよな」
「あー…、オレはやだな」
「何で?ずーっと長生きできるんだよ、若いままで」
カルシオンは跳ねる様に体を起こし目を丸くして、デュクレオンの顔を覗き込んだ。
デュクレオンは拗ねて顔をそらす。

「どんなに長く生きられたって、お前らが先に居なくなるんじゃ意味無いじゃん」
そう言って口を尖らせる。
「お前らって事は、ナターシャも入ってるんだ」
ふふっとカルシオンが面白そうに笑う
「うーるせえええええ」
「ほう?ほうほう」
カルシオン楽しそうにからかう。
「お前ら、オレが居ないとぜんぜんだめじゃん。そんだけだよ」
デュクレオンは自分が耳の端から赤くなるのを感じた。
「へへへ。そうだねぇ」

ごろん。
寝返りを打ち仰向けになったデュクレオンは、自分の首下から下げていた銀色のクロスを手に取り、
足元のベンチチェストに置いてある燭台の炎に向けた。鈍く、光を反射する。

「クリスタルクロウか…」
「つけていてどんな感じ?」
「これといって、特別何かあるわけじゃないなぁ」
デュクレオンがほら、とクロス、クリスタルクロウをカルシオンに投げ渡す。
「やっぱ、お前は持っても平気だよな」
「資格がない人間が持つと天罰が下るんだよね」

だから資格者以外は、決して触れることかなわず。
継承者に渡る前は、王城の奥、神殿の中で神官たちが守っていた。
もちろん、彼らでも触れることは叶わない。

「やっぱりあれかな、お前もあの声聞いてるから」

 

 

──力ガ 欲シイカ…

どこからか自分達の頭の中に呼びかけてきた声。
初めてあの声を聞いたのも、こうやって二人で一緒に寝ていた時だった。
幼い二人が眠い目をこすりながら、真っ暗な部屋の中で目を覚ます。

こえがきこえたね。だれかよんでいたよ

二人はベッドを抜け出し、声のする方に向かった。
王城の最奥、神殿へとつづく道。二人は手を握りゆっくりと足を進める。
施錠してあるはずの大きな扉は、いとも簡単に開いた。

ぼくたちをよんだのは、だれですか?

明かりのない神殿の奥に向かって二人は声をかける。
小さく彼らの声がこだまし、この空間の広さを伺わせた。
精霊山の裾を貫く形で奥に広がっているこの神殿は、山の中心に向かって伸びる洞窟と一つになっていた。
長い通路を小さな足で進んでいくと小さな光が見える。

そこはひときわ大きくドーム状にくり抜かれた部屋で、中央には大きなクリスタルの結晶が天に向かってそそり立っていた。
よく見ると周りの壁からも、小さな結晶が複数顔を覗かせ、小さな光をぽつ…ぽつ…と生み出している。
まるでその部屋は蛍が飛び交い、天井に至っては星が瞬いているような、不思議な空間だった。

──力ガ 欲シイカ…

その声は中央のクリスタルから聞こえてきた。
あなたはだれですか?
そう問い掛けるやいなや、クリスタルが強く輝いた。

──力ガ 欲シイカ…

ちからってなんですか?

──力ガ 欲シイカ…

かぞくをまもれるようになれますか?

──力ガ 欲シイカ…

つよくなれますか?

──力ガ 欲シイカ…

つよくなれるならぼくはちからがほしいです。
かぞくをまもるちからがほしいです。
うんめいにまけないちからがほしいです。

──ナラバ、我ヲ求メヨ

声が聞こえたかと思ったと同時に、光が強烈に弾け飛んだ。そこからの記憶は二人とも曖昧で、
翌朝異変に気づいた神官に起こされるまで、二人は神殿で深い眠りに落ちていたという。

「あの後、俺たちのどちらが選ばれたのかって大騒動になったな」
「うん」
カルシオンは渡されたクリスタルクロウを二人の目の前に指で吊るし、そっと揺する。
「レオン」
「なに?」
もしかしたら、あの時ほんとは
クリスタルクロウは僕を…

デュクレオンは、カルシオンの指から吊るされたクロスを慌て掴み取る。
「馬鹿言ってんじゃねえよ」
デュクレオンは勢い良く身を起こし、カルシオンの肩を握った。
「力を求めたのは俺だ、コイツの力が必要なのは俺だ」
「…レオン」
「いいか、この俺の体はな、毒は効かねえ力は人の何倍もある視力聴力、脳みそ以外は全部バカみたいにデタラメなんだ」
これはきっと、クリスタルクロウを持つために与えられた、そうだろ。
肩を握り締めた手に力が入る。
「ごめんレオン、でも僕」
見えるんだ。前よりもずっと。
カルシオンは自分のまぶたを両手で押さえた。その手は震えている。
デュクレオンはそっとシオンの手を解く。

デュクレオンはカルシオンの額に自分の額をコツりと合わせた。
ごめん、その目も俺が引き受けてやれたらよかったのに。

彼らの瞳の色はいつも青空のごとく澄んだ青色をしている。
だが、今、彼の瞳は赤々と真っ赤に染まり鈍く光っていた。
熟んだ柘榴の実のように。