第二錠 《伝 承》

The second lock “tradition”

 

双子の王子は国を乱す

古くから伝わる伝承の一つだ。
口伝で伝えられてきたこの古い伝承は、彼らにとっては迷惑この上なかった。

どう乱すのか、まったくもって教えていただきたいものなのだが。
それに関した文献自体、見たこともない。

そう思いながら、デュクレオンは大きく背伸びをした。
ああいう事があった後だから、流石に城外に出かけるのは躊躇われた。
もちろん、弟が殺されそうになった訳だから内心穏やかではない。
コンコンと扉を叩く音がする。
どうぞと声をかけると、扉を開けたのはナターシャだった。

「シオン様、お休みになられましたわ」
ナターシャはトレイに乗ったお茶とお菓子をデュクレオンの前へ置いた。
「三人でお茶にしようかと思って準備してたんですけどね、マフィンを焼きましたのよ」
「ちょうど良かった。口の中がちょっと変な感じだったんだよな、いただきます!」
デュクレオンはマフィンを頬張った。

ナターシャは兄弟の幼馴染で、将来的にはどちらかと結ばれることになっている。
どちらか王になる者と。
こうやって侍女として二人に仕えてはいるが、いわゆる花嫁修業というやつで、
彼女自体は由緒正しい公爵家のお嬢様なのだ。
彼女の父親は、宰相アドルフ・メフィスト、最も王に近い臣である。

「どちらが言いだしたのかとか、どうでもよろしいですが……こういう危ないことはほんとに、止めてよね」
「口調」
「いいじゃない二人なんだし」
ナターシャは二人の前ではこうやってお嬢様ではなくなる。これが兄弟だけに見せる彼女の素の姿で、彼らはとても好きだった。
「なんなのよ、シオン様を殺そうだなんて。ふざけてるにも程があるわ」
「ナターシャちゃぁん、ボクも死にたくないですぅ」
「馬鹿!あんたは死ぬもんですか」
はぁとナターシャはため息をついた。

「で、どっちなの?」
「何が?」
「どっちが言いだしたの?!」
ズイっと顔を寄せながらナターシャが迫る。
「お前さっきどうでもよろしいって…」
「何?」
ナターシャの目が鋭く光り、デュクレオンは座ったまま後ずさった。
大概の“悪さ”は兄弟二人でしているものだが、この女もなかなか…乗っかってくる。
そういう所も、本当に嫌いじゃない。

そう、今回のこの騒動。
交代すると言いだしたのは俺だけど、
「なんだかキナ臭いって、シオンが感づいた」
あいつの目はよく見えるんだ。いろんな意味で。

「シオンは賢い人だもの。人の感情というか感覚的な? 敏感だし、宮中にいて感じることも色々あるのよね」
ああ、そうだな。
デュクレオンは軽く笑って声に出さなかった。

数日前に突然、中央の貴族会からご機嫌伺いにカルシオンを訪ねたいと申し入れがあった。
体が弱く寝込みがちなカルシオンのお見舞いも兼ねた顔見せ、要は次の王様にできるだけたくさん顔を売っておきたいのだ。
「何か起こるとしたら、この訪問でだろうなと。俺たちは踏んだわけだ。」
そう言ってデュクレオンが新しいマフィンを取ろうとお皿に手を伸ばすが、ナターシャがそれをサッと避けた。
「何? マフィンくれよ」
デュクレオンが口を尖らせる。
「まったく…そういう事は、私にも相談しなさい! 私だって手伝えることあるんだから!」
ナターシャがマフィンを一つ掴み、デュクレオンの口に押し込む。
その手が震えていたことにデュクレオンは気づいた。

「昔からそう、何でも二人で解決しようとして…。私や他にだって二人の味方はいるんだからね!」
頼って欲しいのよ。そう言ってナターシャは頬を赤くした。その姿が微笑ましい。
彼らにとって彼女の存在は大きな安らぎだった。

双子の王子は、生まれたその日から『忌み子』と呼ばれ今日まで育ってきた。
運がよかったのは、両親が──両親である王と王妃は我が子にその様な思いを抱かなかった事だ。
等しく愛情を注ぎ、時に厳しく、どちらが次なる王になっても立派に務められる様に教育を施してきた。
優しく、強く、逞しく。
民に愛される者であれ、と。

しかし、二人がまだ幼い時に母である王妃が病で亡くなり、
元々多忙のあまり距離のあった父王とはさらに距離が離れていってしまった。
城の中で取り残されたような寂しさと不安。
その中で、双子の王子はお互いの世界を、お互いだけで埋めるようになっていった。
そして追い討ちをかけるように、デュクレオンの特異体質が現れる。

伝承を恐れ、忌み子を殺そうとするのは何も今に始まったことではない。
危険な思想家や王政に不満を持つ勢力に命を狙われることは絶えることがなく、その度に幼い身は危険にさらされる。
デュクレオンの特異体質が目覚めるに至った最初の事件の悲惨さは、本当に目も当てられないものだったという。
だが、生き残ってきた、兄弟と共に。

人間離れした力、そして強靭な肉体。その身体は、規格外と呼べるものであった。

幼くして、大きな力を持つことになったデュクレオンは、周りからもさらに奇異な目で見らる。
そんな彼にはカルシオンしかいなかった。心が壊れそうな時はお互いに手をつないだ。抱きしめあった。
言葉にしなくてもお互いの気持ちがわかる。だって双子だから。
自分の半身(かたわれ)が世界でたった一人の味方。

しかし、デュクレオンから遅れて数百日、カルシオンの体にも異変が起こった。
デュクレオンはあの日の光景を決して忘れない。
全身から血が流れ落ち、崩れ落ちる彼の姿を。意識のない彼の体を手を。強く握り締めて抱きしめて泣き叫んだあの時間を。
何日も昏睡した後、カルシオンは目を覚ましたが、元の健康な体は戻ってこなかった。

その後、デュクレオンは自分の運命となる『クリスタルクロウ』に出会い、鍵守として選ばれ、
自分の力でカルシオンを守ることを、そのために強くなることを心に誓った。

夕焼けの赤が窓から零れ落ちて、少しだけ開いた大窓の隙間から風がひゅうと入ってくる。
その風が、カルシオンが寝ている寝台の天蓋布を小さく揺らしていた。
デュクレオンは静かに側により、そっとベッドに腰掛ける。
「レオン」
「…なんだ。起きてたのか」
カルシオンは仰向けの頭をゴロンと彼の方に向けた。
「ナターシャは?」
「帰ったよ。起きたらこれお前に食わせろって」
デュクレオンは、枕元にマフィンの包みを置いた。

「あ、ナターシャのマフィンだ。僕好きなんだよね」
よいしょとカルシオンは体をゆっくりと起こす。
「飲み物持ってこようか?」
「いいよ。大丈夫」
カサカサと丁寧に包まれた包装を取り払うと、ふわっと甘い香りがベッドの上に広がった。

「ふふ。よく三人でこっそりベッドの上でお菓子パーティーしたっけ」
「あいつよく付き合ったよなぁ。女のクセに」
「僕たちの最初の、初めての友達だからね。ナターシャは」
やっぱりナターシャのマフィンはおいしいね、カルシオンがニコリと笑う。
「…これで、終わりだと思う?」
「さぁな。お前、…何か見えたのか?」
見えてないよ、まだ。そう言って最後の一口を飲み込んだ。

「諸侯達が急に僕たちを巡って争ってるってさ。どちらが王位継承者にふさわしいか」
「…馬鹿馬鹿しいな」
「昔よりも僕たちに対して風当たりは弱くなったけど、こういう事があるとやっぱり忌み子なのかなぁって思っちゃうね」
「はぁ? それこそ馬鹿馬鹿しい。だいたいな、王位継承者ったって事実上お前しかいないじゃないか」
そう、この国に今王位継承権を持てる子どもはたった一人だけ。
「オレはこのクリスタルクロウを手にした時に」
デュクレオンは服の上から襟元の何かをぎゅっと押さえる様につかむ。

「いつかこの国を出なきゃいけない。そう決められた。そういう掟だ」