第十二錠 《行 路》

the twelfth lock “path of life”

 

一連の事件は、エルマンが命を落とすことが幕引きの合図となった。
とはいうものの、事実的な繋がりや背後関係は彼が亡くなってから明らかになったことが多い。
もっともエイディン辺境伯との繋がりも、巧妙にごまかされていたが。

それは異形の襲撃から、命からがら逃げおおせた辺境伯の側近が、中央に送還されたことでその関係が明らかになった。
謀反が成功した暁には、現王以外の王族直系の血を受け継ぐ唯一の存在であるエルマンが王座に座り、
地方都市で支配力を持っている辺境伯が、政治的な実権を手に入れるという筋書きだった様だった。

元々、エルマンには、現王を秘密裏に葬り、
王子の後継として実権を握るという手段も、計画の一つとしてあったのだという。
共謀していた辺境伯は異形の種と出会うことによって、人を超えた力の虜となりそれを渇望するに至り、
この時点で彼は辺境伯を切り捨て、一件すべてを辺境伯に押し付け、闇に葬るつもりだった。
上手くいけば、自分に傷を残すことなく、一人勝ちという図式も見えていたのだが。

しかしそれは最終的に、カルシオンが異能の力を持っていることを知ることで、
彼の中で全てが崩壊したのだろう。

結局、俺達という特異な双子の誕生が、彼を妄執へと走らせたのではないかと、今はただ思う。
デュクレオンは持てるだけの荷物をまとめ、自分が生活してきた部屋を見渡した。
ふと、鏡に映った後ろ姿の襟ぐりから少し覗いた火傷の跡が目にとまった。

逆さ十字(アンダークロス)──王家を穢した王族が身に付ける罪の烙印。

デュクレオンはふっと笑った。
ちょうどいいのかもしれない。結果的には叔父を追い込み、殺した。
いや、もう何人もの血でこの手を汚してきたから──。
それは決して、正当化されるものではない。出来るものではない。

これは俺自身が俺に課した、咎のしるしだ。

ずっとこれからも背負い続けていく。
部屋の扉が静かに開く。ナターシャが立っていた。
「……レオン」
彼女が小走りにデュクレオンに走りよると、そっと背中に顔をうずめた。
「本当に行くのね」
「──ああ」

使者としてやって来たディードリッヒが、デュクレオンの出国に少しばかりの猶予を申し出てくれた。
「このような事の後だ。父君や弟のことも心配だろうし、お前自身心の整理も必要だろう」
わかるよ、私にもとても大切な妹がいるんだ。そう言い、また会おうと彼はカルディアと共に去っていった。

エルマンが亡くなり、政治の中枢、右院の長を失った王政機関は、
大きな混乱を起こす前に立て直しを図るべく、王と宰相によって新しい長を立てた。
若干のもつれはあったものの、新体制の機関は順調に動き出す。
統治者を失ったエイディンも、中央から派遣された新たな辺境伯を迎え、都市の復興に力を注ぎ始めている。
全てがおだやかな日常へとまた歩き始めていった。

それを見届けて、デュクレオンは白髪の男に頭を下げた。
力の使い方を教えて欲しい、と。
彼のその意志を確認して、男は北の大地で待つと言い、クリスタロスを去った。
去り際、男は神妙な面持ちで、古い王家の墓所の前に花を手向けていたらしい。

「ナターシャ、シオンの事──頼むな」
デュクレオンは、ナターシャに向き直って笑って言った。
「あっ当たり前よ!シオン様のことは私に任せて」
胸の前で手を組み、ナターシャは少しだけ目を合わせて、そして少しだけ困ったようにそらせた。
その姿にデュクレオンは微笑みながら、そっと彼女の額に口づけた。
ナターシャは顔を赤らめ、どうしていいかわからない顔をしながらはにかむ。

「お前は俺が信頼してシオンを任せられる、唯一の親友だよ」
デュクレオンはそう言ってナターシャの頬をつねっていたずらに笑う。
「肝の座った男女だしな!」
「もう!──ばか!」
ナターシャが照れながら怒り、そして彼の胸に向けて拳を伸ばした。

「いってらっしゃい」

とん、と彼の胸を優しく押して微笑んだ。

 

変わらない城の風景を、ゆっくり流れるように目に入れた。
幼い頃はずっと彩度の低いさみしげな景色だと思っていたが、こうして見るとほんのりとした暖かみを覚えた。
心のもち方ひとつで、見える風景も違ってくる。今だからわかるのかもしれない。
居城の脇を抜けると、丘の上の開けた草原が広がっていた。
デュクレオンにとってもカルシオンにとっても思い出の場所。
ここに来ると母親との幸せな思い出が、内側に溢れてくる。

視線の先にカルシオンがいた。
草原を風が走る。
「シオン」
名前を読ぶとカルシオンがこちらを向いて微笑んだ。
「来ると思った。やっぱり考えることって一緒なのかな」
「──だなぁ」
大きく背伸びをしながら、デュクレオンはカルシオンに歩み寄る。

草や木の葉を風が揺らす音が心地よいリズムをきざんでいた。
「恐れずに向き合えば、この眼の力はコントロールできるんだって」
「白髪の男か?」
「うん。色々話を聞かせてくれた。僕もレオンと同じさ。
 使い方を知らないから怖い、怖いから意識的に制御できるという事実自体を手放す──」
そうだろ?そう言ってカルシオンは心なしかすっきりとした面持ちで空を仰ぎ見た。

白髪の男が最後に言っていた。
本来自分のものであるのに、制御を失い、荒ぶる力というのは多くある。
先天的な、生まれつきの能力はもちろん、権力をはじめとする後天的に持つ力もそうだ。
本来のあるがままの姿で、まずは受け入れなくてはならない。
己の力が何であるのか、どうあるのが自然の姿なのかを知ることが──
受け入れることが大事なのだと。

胡散臭い男であることは変わらなかったが、何故か説得力があった。
だからこそ、彼のもとへ行くことを決意するに至ったのだけれど。
「僕も、怯えているままじゃいけない。君に守られていることに甘えてちゃダメなんだ」
ずっとこの世界に俺達は二人きりだと思っていた。
この身の力は、二人で生きていくための力だと、そう思い込むことで逃げてきた。

向き合わないから、ただ分からないまま、自分の中でそれは巨大な化物へと育っいったのだ。
今ならわかる。ほんとうにお笑いぐさだと。
自分が化物と言われることに嫌悪していたのに、自ら自分の中で化物を育てていたのだから。
「それは俺もだな」
デュクレオンは笑いながら草原に寝そべった。

「…俺、お前のこと弱い弱いって決め付けてさ、シオンの事ダシにしてた。
 お前だって弱いままじゃないのに、多分そうやってお前に甘えてたんだ。だから…そのさ……」
ごめん──。そう言って小声で付け加えた。
風が草を撫でる音でかき消されるも、カルシオンにはなんとなくその気持ちは届いていた。
彼に向かって、微笑みながら目を細める。

そうだ。大切な兄弟のことも、現実から目をそらせる為の口実にしていたのかもしれない。

「ねえレオン。ずっと未来の話──」
カルシオンがゆっくりと隣に座った。
「君は鍵守りとしてメトシェラになって、ずっと長生きするだろ?
 でも、僕は当たり前に年を重ねて、おじいちゃんになって…君より先に死んでしまう」
風に弄ばれている髪を手のひらで直しながら、カルシオンの視線はずっと遠くを見ている。
「──シオン…」

「そうしたら僕は風になって君の元へいくよ。
 今度は僕が──君を守れるように」
こちらを向いたカルシオンの表情が、目が、力強く輝いていた。
デュクレオンは彼の気持ちが流れ込んでくるのを感じながら、そっと体を起こした。
お互い相手の目を見て、そしてうなづくように遠くの空を見上げる。

 

ゆっくりと流れる雲も

流れる川の水面も

大地に根をはる草木や花たちも

時の流れとともに、ずっとその姿を変えてゆく

変化をすることは、人も世界もたぶんみんな同じなんだろう

 

大きな自然の流れの中で翻弄されながら

きっと向かう先は穏やかではないかもしれない

遠い空の向こうで、また会える日がやってくることを

願い、祈りながら進んで行くのかもしれない

 

まだ信じられるものは少なくて

わからないことも多い──

だけど旅立たなくてはならないのだろう

 

「俺達…さ、二人きりの世界から──飛び出してみようか」
「──そうだね」

 

この先の違う未来の向こうで

何度も道を交差し

何度もお互いを見送りながら

 

いつか永遠の別れが来るまで

歩いていこう

 

いつだって──側にいるから