第十一錠 《真 実》

the eleventh lock “truth”

 

いつの間にか太陽が西に傾き始め、夕焼けが一日の終わりを知らせようとしていた。
崩れ壊れた城や町、焼け跡がまだくすぶり煙を上げる中、デュクレオン達三人は飛び立つ。
エイディンを中央の騎兵団と生き残った駐屯軍に任せ、デュクレオンは騎獣を走らせ帰路を急いだ。

結局、エイディン辺境伯は異形と共に消えてしまった。
いや、もっと前に彼自体は異形の中で消えていたのかもしれないが。
彼がいなくなった以上、自分達の命を狙ったという事実は自分しか知らない。
それに……

──我等が計画など知る由もないわ!

デュクレオンはあの時の辺境伯の言葉が気になっていた。
杞憂ならいいんだが……。
ほんの少し、嫌な胸騒ぎに騎獣の手綱を持つ手に力が入る。

「何か特別問題でもあるのか?」
並走しているディードリッヒが近づいて声をかけてきた。
「辺境伯の言葉が気になるんだ。最悪…あまり考えたくないけど、
 中央の俺達に近いところに、現王家を潰そうと暗躍している人間がいる」
「それは先ほどの──異形に取り込まれていた、エイディン辺境伯と言う者ではないのか?」
「そうかと思ったんだけど、よくよく考えたらメリットがないんだよ。
 辺境伯が王座を得たとしても、その血筋は元々王家になんの繋がりもない、親戚筋でもないから──」

デュクレオンの言葉にディードリッヒはハッとする。
「事実上、血が絶たれてしまうということだな。
 我々ルーメンゲイツもだが、クリスタロスも始祖からの血統による王政であることは揺るぎない。
 それによって伝統的に保証されてきた大陸間同盟の主席国としての立場も危うい」
 デュクレオンが頷く。

「鍵守を輩出できなければ、クリスタロス王家の仕組み自体が崩壊する。
 大体、存在原理自体を否定することは、この国の王政自体が崩れるし…」
「始祖の血族として尊重してきた周りの国が黙ってないだろうな。むろん我が国もだが」
二人は顔を見合わせた。

「俺だったら大陸全土やあんたらを敵に回してまで、王座なんか欲しくないね」
「…となると、いいのかレオン? 最悪君が嫌な思いをすることになるぞ?」

デュクレオンはまっすぐ前を見た。遠目に見慣れた王城が見える。
「……守りたいものがあるから」
そう言って、目を細めて城を見るデュクレオンの視線を、ディードリッヒは静かに追った。
「…そうか」

城に降り立ち、騎獣を待たせたまま急ぎ駆け込んだ。
気持ちが焦って足がもつれそうになる。
ディードリッヒとは国王に挨拶へ向かうために別れた。また後でと。

廊下で出会った侍従に声をかけられるも、足早にその場を通り過ぎた。
だんだんと人が多くなってくる。たぶんこの先に、今一番会いたい人間がいる。
人並みをかき分けて、その扉を開けた。

「シオン!」
中にはカルシオンとエルマン、白髪の男。
白髪の男の足元には、デュクレオンに毒を盛った男が横たわっている。
「お帰りレオン。エイディンの方は──」
「それより、これは…」
横たわる男に近づいてみると、すでに事が切れていて、口から変色した血が流れ落ちていた。
うつ伏せになったその体からは、異質な管のような…触手のようなものが内側から這い出ている。

「これは…」
「エイディン辺境伯の体を乗っ取った異形の残滓だな」
後ろに続いていたカルディアが膝をついて、男の体に触れた。
「どういうことかね?」
エルマンがいぶかしげにデュクレオンを見る。
「エイディンの魔獣による襲撃騒動は、辺境伯による謀反だった。
 そいつを使ってシオンを殺そうとしたのも、やつの仕業だよ。
 力を得るために異形と契約し地上に降ろした挙句、自らの体を乗っ取られて死んだ」

デュクレオンはそう言いながらカルシオンの顔を見る。
「過去の事もたぶん、ほとんどに辺境伯が絡んでいると見ていいと思う」
そして目を伏せ、ゆっくりと息を吐きだした。
「エルマン公、シオンから離れてくれないか?」

突然名前を呼ばれて、目を丸くするも、エルマンはふっと小さく笑う。
「レオン、どうしたんだ?」
嘲笑のまざったその問に、デュクレオンは一瞬口をつぐんだ。
「──エルマン公…いえ叔父さん。僕達はわかってるんですよ」
そう切り出したのは、カルシオンだった。

なにを、と言いたげな顔でエルマンは二人の顔を見比べた。
「謀反を企てたのは辺境伯だったのだろう? 彼が死んだのであれば、これで落着ではないか。
 そうか…異形にそそのかされて、我を見失ったか。優秀な者だと話は聞いてはいたが、実に残念な…」
早口で勢いよくしゃべりだし出したかと思うと、カルシオンの顔を見てハッと息を飲んだ。
一瞬、カルシオンの瞳が鈍く輝いた気がしたのだ。

「辺境伯が謀反を企てたのは確かだ。けど、それだけだと意味がないんだよ叔父さん」
言わなくてはならない。オレが──。
デュクレオンは一歩、エルマンへと足を踏み出した。
「先日捕まえたって言うオルブリヒはフェイクだ。それは辺境伯が自ら吐いた。
 おそらく左院へ疑惑を向けるのと、裏切り者の《誰か》が疑われることを避けるための予防策だったんだろ」

「辺境伯自身がこの謀反を成功させても、後のリスクの方が大きい。
 ただ、ある条件があれば別なんだ」
デュクレオンはぎゅっと拳を握り締めた。

「──血、だね。
 クリスタロスは典型的な血統による王政だから、その権力は始祖の血統であることへの保証が大きい。
 鍵守を排出するという役割を担う、ただ唯一の血統だから」
カルシオンが続けて言った。
それにうなづきながらデュクレオンは、請う様にエルマンを見た。
分かるはずだ。これだけ言えばもう答えは出てるはずだろ、叔父さん──。

「…なにを…お前たちは何が言いたいのだ?!」
エルマンは、声を荒げる。
「ふむ、俺が代わりに言ってやろうか?」
白髪の男がそう言ってにやりと笑った。

「何、簡単な話だ。消去法で考えてみろ。
 現王の血が絶えたとして、その後釜に座ることを認められる──
 周囲の国や使徒の国ルーメンゲイツから、文句を言われることなく王座を継げる血筋の人間は誰だ?」
男の言葉に押し黙るエルマン。指先がふるふると小さく震えていた。

「貴様……私を疑うきか!?この私を!!」
「貴公だけだろう? 国王の従兄弟であり、直径の血の流れを組むのは」
「つじつまがあっただけだろう! 客人だと思って丁重に扱えば……なんと無礼な男か!」
怒りをむき出しにして、白髪の男に向けて指を突き出し怒鳴った。

「つじつまだけでも十分なんですよ」
エルマンの耳元をぞわぞわとなでるように、カルシオンの声が通る。
「僕には十分なんです。この眼が見せてくれたから」
カルシオンは少し俯いて、少し笑を覗かせながらかけているメガネに手を置いた。
カチャリとそれを外すと、落ちた前髪の隙間から覗く両目が赤く、鮮明に輝いていた。

青ざめた顔でエルマンが後ずさりする。
「そ…それはいったい…」
目を見開いて小刻みに震えるそれは、恐怖を感じている人間そのものだ。
「シオン──」
「大丈夫レオン。ちゃんと教えてもらったんだ。この目のこと」
この人に。そう言ってカルシオンは白髪の男を見た。

「レオンだけじゃなかったんだよ叔父さん。普通の人間にはない異能の力に目覚めたのは。
 貴方達の言葉を借りれば──僕も化物、ということですね」
カルシオンがエルマンに近づいていく。
「レオンが《戦う》力を得たように、僕は《視る》力を得ました。これはそう、《浄天眼》というのだそうです」
「浄天? ……視る力だと…?!」
近づいた分だけ、エルマンは後ろに後ろにと、よろめきながらその身を下げた。
「あなたのしてる事は僕には視えていた。物理的状況的な証拠は何一つなかったし、信じたくなかったけれど。
 だけど、今回のこの件の状況だけで──つじつまが合うだけで十分でしょう?」
守るなんて、嘘だ。カルシオンは低くつぶやく。

「例え今言い逃れたとしても、逃しませんよ? 叔父さん。
 この眼がある限り、僕には嘘も偽りも通じない。」
カルシオンの目に皆が釘づけになった。赤く染まるその目は、色味に反して暗く冷ややかに感じた。
「僕はずっと──視てますよ」
ガタリとエルマンが側にあったテーブルへ、もたれ掛かるようにして崩れ落ちる。
「ばッ化物……ばけも…王位継承っ…」
震える声で呪文のように唱えていた。このような化物が次期王位継承者だと、と。

「叔父さん、自分の罪は自分で申し出て…償ってくれ。
 俺は、できれば家族の命を奪いたくない」
罪の意識を持って欲しい、償って欲しい。それはオレの甘い希望なのかもしれない。
持っていた剣を置いて、デュクレオンはエルマンに近づき手を差し出した。

パン!
差し出した手が力いっぱい弾かれる。
「何が罪だ!近づくなこの化物どもっ…忌み子が!!
 私が罪だと言うなら、お前たちは──生まれた時から存在自体が罪だ!!」
その言葉が本音だと、恐怖をむき出しに血走ったその目が物語っていた。
「ようやく上の化物を追い出せる時が来たというのに…貴様らは貴様らはっ
 兄弟揃って…化物だというのか!!」

不意をついて立ち上がり、エルマンがカルシオンに向かって突進した。
懐に隠していた短剣を素早く取り出し、彼に向かって力いっぱい突き出す。
「死んでくれ──!」
「シオン!!」
デュクレオンがとっさに身を乗り出した。
間に合わない!
そう思った瞬間、カルシオンの前で、エルマンがピクリと体を縮める。

「なん……」
ズルリ、と何かを引き出すような音が部屋に響く。
瞬間、血しぶきが上がり、カルシオンの服を赤く染めていった。
エルマンの体がズルリと床に落ちる。
白髪の男が、手刀を赤く染めて、カルシオンの前に割り込むように立っていた。
デュクレオンは、すぐさま駆け寄り、カルシオンの肩を抱いた。
「シオンっ!」
カルシオンはゆっくりとデュクレオンの背中に手を回す。
「──大丈夫だよ。僕は大丈夫」
僕はもう泣かない。君だけに背負わせたりしない。
そう言ってポンポンと背中を叩く彼の手のぬくもりに、デュクレオンは胸が熱くなるのを感じた。

この胸の熱は、きっと俺達がそれぞれ胸の内に負った──二人分の傷の熱だ。