第一錠 《双 児》

The first lock “twins”

 

今日みたいな日は、弁当でも持って外に出かけるもんだ。
大きな窓から差し込む日の暖かさから、外がどんなに穏やかで晴れ渡っているかがわかる。

懇親会と名を打った、王子と貴族会の顔合わせが城の左院の一室で行われている。
正直面倒くさい、というのが彼の本心ではあるが、これも仕事なので仕方がない。
時間的に制約が多い昼間に行われることが、せめてもの、だ。

交代で豪華な衣装に身を包んだ紳士婦人が王子を取り囲む。
こういう席では一人が長い時間拘束しないこと。それは暗黙のルールとして存在していた。
皆が王族と親しくなるチャンスを期待している。このような場に望んでくるような輩は、
大概にして何かしら下心がある。
王政の元で貴族というのは、やはり特権階級なのだ。

虎視眈々と狙っている。我よ我よと召し上げられるのを待っている。

そのチャンスを平等に分けようという、彼らの表向き平等を謳った聞こえのいい理由だが、腹の中は安易に想像できた。
このような場で、気持ちのいい人間に会えるのは、実に稀なのだ。

その場に居合わせている人々が、こそこそと小さな声で囁く声が聞こえていた。

まだ喋る気か、と。

しかし、目の前の男はそんな周りを気にもせず、絶え間なく早口で話し続けていた。
たまにひゅうという息を飲み込むような音が聞こえるのは、緊張しているからだろうか。
せわしく額の汗を拭いている。
「ですからカルシオン様!」
男が名前を呼んだ。
「どうかくれぐれも、ご自愛なさってくださいませ」
「ああ。貴公の心遣い痛み入る」

男は後に控えていた従者を呼びよせ、持たせていた絹の包みを開く。
「これは今が一番飲み頃のワインでございます。殿下にお気に召していただければと思い、今日の為に取り寄せました」
男は再び従者にワインを渡し、従者は栓を開け、並べたグラスに注ぎ始める。
「毒見はこの私めがさせていただきますれば」
高々と見せびらかすように男はグラスを持ち上げ、大げさな仕草でワインを飲み込んだ。
取り囲む人々の群からクスクスと笑い声が漏れてくる。

まるで道化だな。
そう思いながら、その男の持つグラスを目で追った。
「んー!デリシャス!さすが我が農場、我が工房、世界一でございます!」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
男は、新しいグラスにワインを注ぐと、どうぞ、とカルシオンの前に差し出した。
グラスと男を交互に見ながら、それに手を伸ばす。まあ、酒は嫌いじゃない。
引き寄せて見ると、陽の光に液面がキラキラと輝いている。色こそ綺麗なルビー色だが、味はどうだか…
皆が見つめる中、一気にワインを口へ運んだ。

「かはっ!!」

口へ含んだ瞬間、焼けるような痛みが走り、何かを吐き出す。
「カルシオン様!!」
あわてた侍従達が集まってきてカルシオンの体を支えた。
一瞬、口の中がヒヤッとして、すぐに熱が戻ってきた。視線を足元に落とす。
口からこぼれたワインがじわりと広がっていく。それと──
ツーっと口元を生暖かいものが伝う。

なるほど

こういうことか。

ガシャン!!
握っていたグラスを床にたたきつけた。
「カルシオン…様…?」
「貴公は見舞いの品と称して、毒を盛るのか?」
くそまずい、そういって口の中に残っていたワインと血の塊を吐きだす。
「ちがっ私めはそんな!!あの…カルシオン様っ」
男は狼狽して、その場によたよたと座り込み、床にこぼれたワインを見て、血を見て、
そして王子を見た。震える目で。

なぜ死なない…?
カルシオンは男の震える目がそう言っているように感じた。

な ぜ 死 な な い の か

ああ、彼は細く微笑んだ。
「オレに毒は効かん。シオンを殺りたきゃまずオレを殺るんだな」
「レオン!!」
ざわめく室内に、飛び込んでくる少年。彼の声に男はビクリと肩を震わせ、そして少年の方を向いた。
カルシオンと同じ顔の少年。
まさか…男は恐る恐る向き直る。
「デュ…デュクレオン様」
「残念だったな」
カルシオン、いや、カルシオンのふりをしていた彼は小さく笑った。
「この者を捕らえよ!!」
誰かが発した声を皮切りに、取り巻いていた人々がざわめき始める。
男は狼狽したまま警備兵達に抱えられ、ずるずると部屋から引きずり出されていった。

「大丈夫?」
「ああ、何ともない」
顔も背丈もまったく一緒。違いといえば少しだけカルシオンの方が体が細いくらいだろうか。
「何ともないって、血が出てるじゃないか」
そう言いながらご自慢のメガネをずり上げる。
ああ、あと…
メガネだな。違うと言ったら。

「デュクレオン様!カルシオン様!」
人を掻き分けて、同じ年頃の少女が駆け寄ってくる。
「ナターシャ、レオンが血を流してるんだ手当てをお願い」
ナターシャは二人に歩み寄り、その手を取ると一際大きな声で叫んだ。
「皆様!ご混乱中のところ申し訳ございませんが、レオン様の手当てがございますので道を空けてくださいませ!」

 

 

客人達から離れ、一部の人間しか入れない居館まで下がり、自分たちの領域へと彼らは戻っていた。
さすがにこちらはあの騒ぎの後でも静かだ。
ナターシャに押さえつけられ、無理やり口の中を洗浄された。洗浄液を適当に吐き出すとまた口に流し込まれる。
「ほら、しっかりグチュグチュパーしなさい!」
「ふがー!!んがあああ!!!ぐーー!」
ナターシャがデュクレオンの頬をぶにぶにと力いっぱい押す。二人の様子を少しあきれるかのように眺めるカルシオン。
「ぷはっ!ガキじゃねえんだぞ!」
開放されたデュクレオンが叫ぶ。その瞬間、ぴしゃりと頬を弾かれた。

デュクレオンは頬を押さえ、目を丸くする。
つられてカルシオンも両頬を手の平で押さえた。
「二人とも、無茶ばっかりして。心配……したんだから」
ナターシャの声は少し震えていた。その様子を見て、双児の王子は静かに目を合わせる。
「おいシオン、心配したとか言いながらこの女…張り手かまして来たぞ」
「さすがだよ。ナターシャ」
「…二人とも、16歳にもなってそのからかい方は…子どもっぽすぎるでしょ!」
ナターシャがポッと顔を赤らめ叫んだ。

「なぁ、お前もう横になった方がいいんじゃないの?」
少し疲れ気味でうとうとと、ソファーに座るカルシオンに、デュクレオンが声をかける。
「じゃあ私、ベッドを整えて参りますね」
退室しようとするなナターシャをデュクレオンが止める。
「一緒に行けよ。コイツこのまま置いとくと寝ちまうよ」
「平気だよ。今日は少し気を揉んだだけさ」
「嘘つけ、分かるんだぞ。お前が調子悪いとオレも体がだるいからな。双子なめんな?」
デュクレオンはカルシオンの額に額を押し付ける。

「ほらみろ、熱あるじゃん。ナターシャ!」
「私準備してまいりますから、少々お待ちくださいませ!」
ナターシャが慌てて部屋を出ていく。
「ほら、体横にしろ」
デュクレオンはカルシオンの隣に座り、ポンポンと膝を叩く。
カルシオンは一瞬困った顔をするが、静かに頭を彼の膝に載せた。

「ねえ、レオン」
「なんだ?」
「大丈夫?」
「何が」
さっき去り際に。
人をかき分けて部屋を出て行く僕たちに、ううん。レオンに向かって言ってる人がいた。

化物』って

「気にしないで」
「別に、気にしてない」
いつものことだから。そう、いつものことだ。
デュクレオンは天井に向かって息を吐きだした。

だって俺の体は本当に、化物じみているんだから。