第七錠 《強 襲》

The seventh lock “assault”

 

男を連れて部屋に戻ると、その男の容姿に部屋で待っていたカルシオンが目を見張った。
確かにその見事な白髪といい、スラリとして整った容姿といい、誰でも一瞬魅せられるだろう。
デュクレオンは横目で睨む。

「あの、そちらの方は…」
最初に口を開いたのはカルシオンだった。
「さっき少し話したが、ほら紹介したい者がいるといっただろ?」
カルディアがこいつだよと指を指して笑う。
「こいつとは──年配者に失礼だろうがお前」
白髪の男は不満そうにカルディアの指した指を払った。

年配者?カルディアよりも年上…となると──
頭の中でこの男の年齢について考えを巡らしていると、ふと男と目があった。
「言っとくが、見た目と年齢は比例してないぞ」
男がぴしゃりと言った。カルディアがくすくすと笑う。
「そうだな、少なくとも私は100年以上は生きているぞ」
「ひゃく…」
カルディアの言葉に、デュクレオンは言葉を飲んだ。
「そうでないと、メトシェラである鍵の君とは寄り添えないからな」

メトシェラ──不老長寿の種族

「俺はもう数えてない。数えるのも飽きた」
男がそっぽを向いて、頭を掻く。
「あのっカルディア様、神子様方もメトシェラ…と考えていいのでしょうか?」
カルシオンが興味があるのか珍しく先に食いついた。
「いや、そうだな。我々は時間の感じ方が違うというか、時の流れが違うというか
人の一日が我々の一日と同じではない、と言ったら分かるかな?」

「──人と犬猫の関係に似てるな」
カルディアの説明に付け足すように、男がぼそっとつぶやいた。

「……人は置いていく側なのですね」
カルシオンは少し寂しそうに笑う。
「お前、あっちの子猿よりは頭が良さそうだな」
白髪の男がカルシオンの顔を覗き込みながら少し笑って言った。
デュクレオンは少しムッとして、カルシオンと男の間に割り込むように体を滑らせる。
男とにらみ合う形で向き合うデュクレオンに、まあまあとカルディアが手を伸ばした。
「そう血気(けっき)にはやるな。この男はお前の師にと思って、こちらに呼んだのだから」
デュクレオンは驚いて目を見開いた。

白髪の男は、魔法や剣はもちろん、闘いの専門家だ。
カルディアがそう説明している間も、デュクレオンは反抗的に彼を見上げ見据えている。
それに気づいた男もその長身を折り曲げることなく、白髪の男は威圧的に彼を見下ろした。
「俺は…師なんかいらない。自分でどうにかする」
「ほう。そういう割に随分と力を持て余している様じゃないか」
話に聞く限りだが? 男はそしる様に言いながら、口の端で笑う。
まあいい、聞け。男は一瞬目を伏せ、デュクレオンに向き直った。

「今こうやってお前と会ってみて──分かったからはっきり言ってやる。
どんなに才能が優れていようとも、今のお前では役にもクソにもならない。
お前は鍵守になって、一体何と戦うつもりだ。
人間同士で戦うのならクリスタルクロウなどいらん。

なぜそれが必要なのか、それはお前の敵が“外”のものであり、
またその力が鍵に対する“抑止力”でもあるからだ。
世界の頂点であるエーテルの化身の鍵に対して、お前が力のコントロールもできない役立たずでは意味がない。
助かるものも助からない。それだけ鍵守の役目は重いんだよ。」

男の気迫に押されて、デュクレオンは唾を飲み込んだ。
自分の力をコントロールできない役立たず。そうだ、もっとうまくやれたら──
カルシオンの力の事も、助けてやれるかもしれないのに。
唇の端を噛んで、急に湧いてきた憤りにも近いこの感情を押し殺しながら、隣のカルシオンの顔を見る。
カルシオンは何も言わず、そっと触れた手を握ってきた。
応えるようにその手を握り返す。

「お前、そのまんまじゃ本気で守りたいものも守れないぞ?」
チクリと胸が痛む。
「いずれクリスタルクロウは今以上の力をお前から引き出そうとする。
あれはそういうものだ。今はただのアクセサリーだと思って見くびるなよ。」
そして男はカルシオンに目を向ける。何かを探るように目を伏せ、大きく息を吐いた。
「お前も──か」
「シオンのことは…」
カルディアが慌てて口を挟む。男はすっと手を突き出しそれを止めた。
「いい。見たらわかる。」

「なんとも因果なものだ」
男は双子を見てにやりと笑った。
それは嬉しいともとれるし、どこか皮肉ともとれる笑いだった。

「お前達のその状態は…先祖返りと言ったらいいのか」
と男は話し始める。

「クリスタロスも随分と苦辛してきたからな。
女系続きで男子が生まれなかった上、鍵守も送り出すこともできず、
現王家の血統でこの体制を維持することも不安視されていた。

薄まった血に原因を感じたのか、血を濃くするために近親婚を推し進めたようだが──
それはお前たちで具現化したようだ。良いか悪いかは別として」

クリスタルクロウが鍵守を選んだという事は、良かったということなんだろうがな。
男は目を細める。

気がついたら外はもう随分と暗くなっていた。
欠けた月が窓ガラスを通り、男の白髪を銀色に煌めかせる。
この男の中身はとりあえず置いておいても、吸い込まれそうな容姿に一瞬見とれた。
「あの…」
カルシオンが気後れしながら口を開いた。
「あなたは、その…クリスタロスに縁のある方なのでしょうか? とても、お詳しいと思って」
それを聞いた男が初めて目を丸くして、驚いたような表情を見せた。

「…そうだな、昔は知人も沢山いた。もっとも、全員墓の中だが──」
男はふと視線を窓の外へ向けた。コンコン、と小さく扉を叩く音が鳴る。
遠慮がちに扉を開いて、失礼します、とナターシャが顔を覗かせる。
「あの、ご歓談中申し訳ございません。皆様そろそろお食事はいかがかと思いまして」
ナターシャは白髪の男を見て、その目が合うとはにかんで笑った。
そして目で合図するように、兄弟に向かって大丈夫?と合図を送る。
デュクレオンが体の横で小さく手を動かして、大丈夫と返した。

「皆様、食事にしませんか? レオンもお腹すいてるだろ?」
「ん…ああ」
それでは皆様あちらの部屋へ、そう言ってカルシオンが前に出てリードするように手招きする。
「そうさせていただこう」
カルディアが白髪の男に促すように彼の腕を取った。
彼らが目の前を通りすぎるを目で追っていると、
不意に男に通りすがりに肩を小突かれて、デュクレオンはよろけた。
「何するんだよ!」

「さっきの話だが──分かるならまず俺の所に来い。鍛えてやる」
俺の機嫌がいい内にな。そう言って男は笑った。

その時だった。
「殿下方!! おいでですか?!」
慌てふためいた官が広い廊下を息を荒げて駆けてくる。
その後を老騎士が近衛兵達を連れてやって来た。
兄弟と神子達の前で片膝を折り、深く叩頭すると厳しい顔付きで老騎士が言った。
「エディオンが魔獣群の襲撃に遭い、現在駐屯軍が交戦中とのこと
至急援軍をとの要請が参りました」

エイディンからやって来た兵の報告では、
エイディン都市中央に突然現れた魔獣群が大挙して暴れ、駐屯兵団が苦戦。
辺境伯も無事に逃げられたのか城に取り残されたままなのか、安否がわからない状態なのだという。
「デュクレオン様には、援軍の先導をお願いしたく、王君よりご指示賜りましてございます」
王はこの異常事態に対応するため、中央軍騎兵団(騎士・兵士で編成された小~中隊)とともに
デュクレオンにも魔獣討伐・辺境伯の救出に向かうようにと指示を出たというのだった。

こんな時に──

まだカルシオンを殺そうとした件の事もはっきりとしないまま、この場を離れるのは心配だった。
この混乱に乗じてまた狙われるかもしれない。側にいれば代わりになることもできるけれど…。
不安気に横目で見ると、カルシオンがこくんと頷いた。
「レオン行って。行ってみんなを助けてきてよ」
僕は大丈夫。カルシオンがぽんっとデュクレオンの背中を押す。
「私も行こう」
カルディアが前にあゆみ出て、白髪の男に目くばせした。
「俺は留守を与ろう。そうだな、このメガネの小猿…いや王太子殿下をお守りしようか」
まあ、俺が出て行った方が早く済むような気がするか、── 一応隠居の身でね。
男の手がひらひらと、早く行けと言う様に揺れる。

「レオン様、至急御仕度を。魔獣群はじわじわと中央に向かって進んでいるそうです。」
「分かった。すぐに支度する」
自室の方に身を翻し、近くにいたナターシャに小さな声でシオンを頼むとつぶやき、
ナターシャがこくり、と頷いた。
「いってらっしゃい」
ナターシャの目が力強く輝く。行こうとカルディアがデュクレオンの肩を叩いた。
不安に後ろ髪を引かれながら、立ち去るその場の向こうで、
白髪の男がカルシオンにかけた言葉が小さく聞こえてきた。

「そうか、その力──お前が受け継いだのか」